Entries Categorized as 'Agriculture'

事業組合HP

Date 6月 28, 2010

事業組合のHPができました。 生産流通研究所OFFICIAL WEBSITE

事業組合の開設

Date 5月 31, 2010

昨年から、準備して来た地方の農産物の販路を開拓するための事業組合が動き始めた。 僕以外に、経験豊富な起業家4名がメンバー。 こちらも、貢献出来る様に、働かねば。 とりあえずは、ある品物のパッケージを含むデザイン、組合のためのウェブサイトの開設とデザイン、になりそうです。

四谷アート・ステュディウム-建築農業工作ゼミについて②

Date 3月 15, 2010

少なくともぼくらにはふたりの自分がいる。そうオツムとカラダだ。カラダ。泣いて生まれ食って寝て、泣いてもがいて死んでいく。お別れだ。それが運命。それが自然法則。物質循環。エントロピー。巻き戻せない時間の流れ。宇宙の原子への帰還。動物、霊長類、自然的存在としてのぼくらのことさ。

四谷アート・ステュディウム-建築農業工作ゼミ①

Date 3月 13, 2010

四ツ谷にある四谷アート・ステュディウムっていう美術学校で講師しています。いろんな人からすすめられて、ぼくもゆる~くさえずってみることにした。けれど、ゆる~くさえずる、なんてこと、鳥たちはしない、たぶん。だから、これは人ならではの奇妙なふるまいのひとつってことになる、さえずりは。 芸術も生活もなんやかんやでてんやわんや。おかげでなにがなにやらてんてこまい。いやはやまったくまいった。さてとこれからどうする? 迷うくらいなら途なき途を往け、きみの往った後にはぱっくり開けた深い亀裂が走っていたということさ。

AとBの起源-牛と家

Date 2月 6, 2010

現在の「A」はセム語の「アレフ」、つまり牛からきており、セム人はヒエログリフの「牛の頭」にあたる文字をあてました。同様に「B」は、「ベート」つまり「家」で、ヒエログリフの「家」に当たる文字をあてました。アルファベットはこの最初の二文字をを合わせた言葉です。これら原シナイ文字アルファベットは、フェニキア文字に発展し、ギリシャ文字やラテン文字、そして現在のアルファベットへと発展したのです。一方フェニキア文字はアラム文字となり、アラビア文字、インド、チベット、満州文字へと発展し、朝鮮のハングル文字にまでその影響が及んでいるということです。 (吉島重朝著『印刷よもやま話』P8) 生活の基礎として「衣食住」といわれますが、食に関わる牛と住に関わる家は、アルファベットの最初の二文字、AとBの起源にもなっているらしい。

食と花の新潟市産直広場in板橋

Date 10月 28, 2009

日曜日に、食農協会の梅津さんに誘われて、東上線大山駅前商店街で行われていた「食と花の新潟市産直広場in板橋」に行く。 大山駅前の商店街は、よくある私鉄の駅前商店街とは違って、人通りが多くかなり活気がある。出店を出すには、魅力がある場所である。 この出店は、新潟市が企画し、市内の農家の方々が、自分たちが生産した農産物や加工品を販売するというもので、市が地元の産業の広告活動のために行っているのだという。 よく見ると、その日の帰りに乗った山手線の車体にも、新潟市の広告が貼り付けられている。 これまで、地方行政の広報活動について、意識して見ていたわけではないが、地方行政による広報活動が必要とされるのも、時代の流れなのだろう。 これまで、建築土木の公共事業で各地方に等しくお金が廻る仕組みがあったが、いよいよその仕組みも終わりを迎えつつある。 「地方分権」という形で、国から各地方に等しくお金が分配されなくなれば、地域間に格差が生まれる。そこで、地方行政は、地域の生き残りをかけて、地元産業の育成する必要がある。 新潟は、大量消費地・東京に近い産地、という地の利を生かして、農業を育成していくべき地元産業のひとつとして位置づけているのだろう。

桃花村の農産物

Date 10月 9, 2009

農事組合法人桃花村 遅くなりましたが、先日のブレスパッセージで買った田中泯がなさっている桃花村で作ったトマトと番茶(極上)の写真です。価格は、それぞれ以下の通り。

銀座新潟塾

Date 8月 11, 2009

ねこと農耕

Date 5月 12, 2009

愛玩用家畜として同じく一般的なイヌ(Canis lupus familiaris)に比して、ネコは飼育開始の時期が遅いが、これは家畜化の経緯の相違による。イヌは狩猟採集民に必要とされたため、早い時期から人の社会に組み込まれ、狩りの伴侶、外敵への備え、幼子の保護者となった。しかしネコは、農耕の開始に伴い鼠害が深刻にならない限り有用性が無く、むしろ狩猟者にとっては競合者ですらあった。その競合的捕食動物が人のパートナーとなり得たのは、穀物という「一定期間の保管を要する食害を受けやすい財産」を人類が保有するようになり、財産の番人としてのネコの役割が登場した事による。 農耕が開始され集落が出現した時期、中近東周辺で、山野でネズミやノウサギを追っていたネコがネズミが数多く集まる穀物の貯蔵場所に現れ、中には棲みつくものもいたのが始まりと考えられている(リビアヤマネコの生息地と農耕文化圏が重なった地域で、複数回起こっていたと考えられる。時期は特定されていない。 穀物には手を出さず、それを食害する害獣のみを捕食する事から、双方の利益が一致。穀物を守るネコは益獣として大切にされるようになり、やがて餌付けから家畜化に繋がった。 (ウィキペディア「ねこ」より) 今では、どこでも見かける猫ですが、人間がねこを飼うようになるきっかけが、「財産の番人」だったとは知らなかった。 豚や牛は人間の食料になったけど、猫は「財産の番人」という役割で、人間に食べられる側ではなく、人間から食べ物を与えられるペットになったわけだ。 身近な動物である猫にも、歴史が刻み込まれていることに気づかされた。 なかなか面白い話だと思った。

日本の耕地面積(平成20年)

Date 2月 3, 2009

農林水産省HP:平成20年耕地面積 (7月15日現在)

土の物理性-固相、液相、気相

Date 1月 19, 2009

この円グラフは、土を固体の相、液体の相、気体の相に分けて、その割合をグラフ化したものだ。これを土の三相分布と呼ぶ(『土壌の基礎知識』)。

土の性質-物理的性質、化学的性質、微生物的性質

Date 1月 16, 2009

(『土壌の基礎知識』前田正男、松尾嘉郎共著・農文協刊より) ここからわかるように、複雑な土の性質を分けてみると、物理的性質、化学的性質、微生物的性質に分けることができる。『土壌の基礎知識』によれば、物理的性質とは、土の堅さだとか、水はけの善し悪しだとか、通気性などのことをいい、化学的性質とは、土がアルカリ性や酸性になることや、鉄やアルミニウムの多い土は作物にリン酸が吸収されにくいなどのことをいい、微生物的性質とは、畑に施したアンモニアが硝酸に変化することや、水田に水を張ると作土が酸素不足の状態(還元)になることなどをいう。

農業技術と農政

Date 1月 13, 2009

農業をよりよく知るにはどうしたらよいか。ぼくがおもうに、その接近の仕方には二種類ある。ひとつは、農業を技術という実際的な側面からみるというもの。ふたつめは、農政、つまり農業を農業政策や経済的な観点からみていくというもの。学問的にも、これらふたつは分けられているようだ。

農業に関連して

Date 6月 18, 2008

Y.K.が農業について書き始めたようなので、僕もすこし農業に関連する話題について書いておきたいと思います。 僕は、田舎の出身なので、農業は身近な存在でした。 家は、畑や田んぼに囲まれていて、当然近所には農業に携わっている人たちも多かった。 うちの実家は、農家ではありませんが、父が庭先の50坪ほどの畑で家庭菜園をやっていました。 父は公務員だったので、ウィークデイは普通に勤めをして、土曜の午後や日曜日の休日の時間での畑仕事で、ジャガイモ、サトイモ、とうもろこし、かぼちゃ、なす、きゅうり、おくら、白菜、ねぎ、等々、たくさんの品種をすこしづつ、家族が食べるだけの野菜を作ってくれていました。 ただ、苗木や肥料などの費用が意外とかかるので、父の畑仕事が家計の助けにはなっていなかったようですが。 それでも、母は、朝食の味噌汁をつくるのに、まず畑に菜っ葉や豌豆、なす、などの野菜を畑に採りに行くことから始めていましたし、夏には、畑からきゅうりとトマトを採ってサラダを作っていたので、これ以上にない新鮮な野菜を食べていたといえます。 子供だった僕が畑仕事に、それほど多く関わったわけではありませんが、休日にジャガイモ掘りを手伝ったり、夏休み中に日課として畑の草むしりをさせられた記憶はあります。あと、子供の頃を思い返せば、田んぼでおたまじゃくしや蛙を捕まえたり、栗林にクワガタを採りに行ったり、あるいは水田に水を引くために作られた貯め池に釣りに行ったりと、農業に関わるものを利用して遊んでいたことになります。 ですが、農業や畑仕事に興味をもつことはほとんどなかった、というのが正直なところです。 今考えれば、新鮮な野菜を食べられるなんて、とても贅沢なことですが、田舎で生活していた時に、それを贅沢なことだと思ったことは一度もありません。。。。。 農業について、興味を持ち始めたのは、つい最近のことなんですね(^^;)

農業の頃-1

Date 6月 12, 2008

こんにちは、L.T.です。 PACEのブログには何を書くのがふさわしいのだろう、なんておもっているうちにすっかり日が経ってしまいました。書くとすればアートのこと、音楽のこと、社会のこと…いろいろあります。しかし、ここでまず触れるにふさわしいのは、やはり農業体験のことでしょう。というわけで、週に一度か二度、あるいは二週間にいっぺんくらいは、そのことを書くことにします。 ぼくがお世話になったのは、埼玉県大里郡花園町のさる農家さんでした。今では花園町は深谷市に合併されたとおもいますが、深谷市と言われてもなんかピンときません。深谷市は深谷ねぎで有名な深谷市のことですが、お世話になった農家さんはむしろ寄居町の近くにあったのです。 寄居町は、池袋から出ている東武東上線の終点「寄居」があるところです。関東平野の縁、そしてそこから秩父山脈がはじまるロケーションとしては申し分ないところなんです。観光地として有名な長瀞もすぐ近く。荒川の源流が心を洗ってくれます。新規就農を志す人にはよく知られた小川町はそのとなりにあります。 池袋から寄居までは急行でおおよそ1時間30分くらい。だから、たまに都会に出て友人と会うこともできる。もっともぼくの居た場所は、その寄居ではなく、ローカル線の秩父鉄道に乗り換えて一駅目の「桜沢」か二駅目の「小前田」で下りて、30分くらい歩いたところだったから、まあ池袋までは2時間30分くらいはかかりましたけどね。 けれど、この秩父鉄道がまた実にいい電車でした。いずれそのことも書きましょう。農家から駅に行くまでのあいだも美しい里山を眺めながら歩いたものでまったく苦にはなりませんでした。今ではあの穏やかな時間がとても懐かしい。ぼくはそんな土地で新規就農を目指し、住み込みで農業をで覚えようとしたというわけです。